リフォームにおける簡易な全館空調の可能性について、当社会員の輻射冷暖房普及促進協会会長/東京都市大学名誉教授/坊垣和明様の記事がわかりやすく解説してあります!
1.はじめに
わが国には 5000 万戸といわれる大量の住宅ストックがあるが、その大半は断熱性能に乏しい住宅である。次世代基準(H11 年基準)に満たない住宅は 90%を超えるとされる。二酸化炭素排出量削減の観点から、これら低性能住宅の断熱改修は不可欠である。2030年に 26%減、2050 年には 80%減の目標が掲げられているが、既存住宅の改善なくして達成は不可能である。
断熱改修は、省エネだけではなく温度分布の均質化等による健康 ・ 快適性の向上メリットも大きく、医療費削減による経済効果は燃料費削減を遙かにしのぐと言われる。環境改善と省エネ・省CO2効果は、向上した熱的な機能・性能に見合った高効率の暖冷房等設備の導入によって、より一層の効果が期待できる。
本稿では、リフォームにも対応可能な簡易な空調システムを取り上げ、その特徴や効果をあるモデルハウスでの実測を通して紹介するとともに、全館空調を簡便に実現するための手法を提案しようとするものである。
2.空調システムとリフォーム対応
ここで取り上げるのは、エアコン冷媒熱を活用した簡易な放射(以下、輻射という)冷暖房システムである。従来方式の暖冷房設備(例えばエアコン)に比べて大幅な効率改善(省エネ)を図ることができるだけなく、輻射熱による均質な環境が付加されることで、居住者の快適性・健康性向上に寄与する新しい改修方式になり得るものである。
図1は、冷房時における冷媒の流れを示すシステム図であるが、室内機からの戻りの途中にパネル(エコファクトリー社製、エコウィンハイブリッド)が設置され、直膨式の輻射冷房装置となるものである。パネルを通過することにより、液ガス混合状態の冷媒はほぼガス化され、冷凍システム全体の効率向上すなわちCOPの改善に寄与することとなり、同等の環境を得るのに必要な電力量の削減をもたらすというわけである。
パネルは、冷媒配管の途中に繋ぎ込むだけなので、既存のエアコンをそのまま利用できる。特段の高度な技術を必要としないので、エアコンの取り付けができる業者で対応可能であり、施工費も抑えられる。内外壁改修と併せて行えば、配管類を壁内に隠蔽することができ、見栄えの良い仕上りとすることが可能である。もちろん、新築時であればよりスマートな仕上げとすることができる。ただし、パネルは 20 ~ 40 ㎏程度の重量があるため、この荷重に耐えられる強度に壁・床等の補強が必要な場合がある。
3.戸建て住宅での性能検証概要
ここで紹介するのは、リフォームにも対応可能な省エネ型輻射空調システムであるが、性能が向上した最近の住宅、あるいは性能向上が見込まれるリフォーム建物では、当該システム 1 台で広い範囲の暖冷房が可能になると想定される。そこで、2階建住宅で1階と2階に1台ずつ輻射パネル併用空調システムを設けた場合の環境形成特性と省エネルギー性能を検証することとした。
加熱・冷却された空気の特性を考慮し、夏は2階の1台、冬は1階の1台で全館の空調を可能にすることをねらいとするものである。検証建物は新築であるが、結果はリフォーム建物にも適用できると考える。
3.1 対象建物
山梨県甲府市に建設されたモデルハウスであり、各階平面を図2に示す。2階建て、面積は各階約 80 ㎡、合計 160 ㎡である。
エアコンは各階に1台、1階はキッチンの棚最上段(写真1)に、2階エアコンは階段上部のロフトに設置され、気流誘導(階段上部とホールに噴き出す)のダクトが付加されている(写真2)。エアコンは1階が三菱製(MSZGV5618S-W)、2階は東芝製(RAS-B566DRHWRAS)であり、ともに冷房能力 5.6kW、暖房能力 6.7kW である。
エコウィンハイブリッドのスクリーンタイプが、図中ブルーの位置、1階はリビングの階段上がり口脇(写真3)、2階はホールの階段下り口脇(写真4)に設置されている。
写真3は、吹き抜け部分であり、奥に輻射パネル、手前に温度等測定(おんどとり、黒球温度計)用ポールが設置されている。
3.2 測定方法
図2に計測位置(☐印)を示した。計測は 1.1 m(番号11、13、21)または 0.7 m高さ(12、14、15、22、23、24)の温湿度測定を基本とし、これに加えて1階リビング(11)と2階ホール(21)では床表面、0.05 m、2.5 mの温度と 1.1 mの黒球温度を追加し、輻射環境、垂直温度分布を測定した。また、玄関前の日射がない場所(25)で外気温を、分電盤で電力量を測定している。
3.3 測定概要
測定は冷房時と暖房時の2回行った。各々の運転状況を表1に示す。温湿度を2分間隔、積算電力量を 10 分間隔で測定している。
3つの運転モードを設定し、1モード約 24 時間、3日間連続で順次モードを変えて実施した。運転モードは、1階と2階のエアコンの運転組合せで、2階のみ運転をAモード、1階のみ運転をBモード、両方の運転をCモードとした。各モードの運転時間は、午後から翌日正午過ぎまでの約1日(22 ~ 24 時間)としている。
3.4 冷房時測定結果
⑴温熱環境
冷房時の3日間の測定記録を図3~図5に示す。外気温は、気象庁甲府データによる。図3は、1階リビングの室温、湿度とエアコンの電力消費量、図4は2階ホールの室温、湿度と電力消費量である。図中の「1.1Tg」は黒球温度、「RH」は相対湿度である。
室温は、Cモード(1、2階の2台運転、8/7 ~ 8/8)では1、2階ともにほぼ同温度で推移し、住戸内全体が均一な温熱環境に維持できている。明け方には、22 ~23℃に低下している。2階のみ運転のAモード(8/9 ~8/10)では、エアコンがある2階で明け方に 23℃程度まで低下するとともに1階でも 25℃を下回り、2階の冷気の下降で1、2階の温度差は比較的小さい。一方、1階のみ運転のBモードでは、1階は 22℃程度に低下するが、その冷気が上昇しないため2階は 27℃程度までしか下がらず、1階と2階の差が大きい。
また、上下温度差(1.1m の気温と 0.05m、3m の気温との差)は、全般に2階(図4)で差が生じにくい傾向が見られる。1階(図3)では、1階エアコンが動いているCモードとBモードで温度差が大きく、さらにBモードで3m気温も下がりにくい傾向である。2階のみが動くAモードでは1階でも温度差が小さい。
相対湿度(図中黒破線)については、C、Aモードではともに1、2階に湿度差はないが、Bモードでは1階の湿度が下がりにくく(2階より約 10%高い)なっている。
以上の温熱環境の状況より、Cモードが最も1、2階で差がない均質な環境を作っているが、2階のみ運転のAモードでも1階まで大差なく冷えることがわかる。上下温度差でみると、Aモードの方が1、2階ともに差が小さく、むしろCモードより良好である。
⑵電力消費量と室温の分析
図3、4で各階エアコンの電力量推移を見ると、1階エアコンは立上り時に高負荷が約1時間続き、その後安定している。2階エアコンは、立上りの高負荷がなく、安定時にはさらなる低負荷状態が生じていて、全体を通して2階エアコンはかなりの低電力になっている。 図5では、Cモードにおける2台のエアコンの電力消費量を合算し、1階リビングと2階ホールの室温と外気温を含めた3日間の変動を示した。
CモードとAモードの場合は、1階と2階の室温はほぼ等しく、その差は2℃以内である。一方、Bモードでは5℃を超える差が生じている。電力消費は、Cモード、Bモード、Aモードの順であり、1台運転のA、BモードはCモードと比べて大幅に少ない。図6は、1、2階の平均室温と電力消費量のモード全体平均である。1、2階平均室温はCモードが最も低く、次いでAモード、Bモードの順である。
電力消費量の時間当たり平均は、Cモード 660Wh、Bモード 249Wh、Aモード 406Wh であり、Cモードと比べてBモードは約 40%、Aモードは約 60%の水準である。外気温の違いを考慮しても、1台運転の方が大幅に電力量を削減できることがわかる。
エアコンの設定が 23℃で、実際の室温も 25℃を大きく下回る低温であり、もう少し現実に近い温度設定での検討が必要と思われるが、1階と2階のエアコンを同時に運転する必要性は小さく、生活状況に応じてどちらかの単独運転で適切な環境形成が可能である。電力消費量と温熱環境を考慮すると、Aモード(2 階のみ運転)で全館空調に相当する効果が得られ、最も効率的といえる。
⑶湿度の分析
エアコンのメリットの一つに除湿効果がある。室温の低下に加えて、除湿による湿度環境の改善による快適性向上が期待される。図7に、室温と外気温およびそれぞれの相対湿度、絶対湿度の推移を示した。実線が温度、破線が相対湿度、点線が絶対湿度であり、黒線が甲府外気(気象庁データ)、赤線が1階居間、青線が2階ホールの床上 1.1 m高さの温湿度である。
Cモードでは、1階は2階より室温は2℃程度低く、相対湿度は約3%高くなっているが、絶対湿度は全期間を通じてほぼ等しくなっている。このことから、1、2階同時運転の場合は、ほぼ全館が均質な水蒸気量(絶対湿度)に維持されていたことがわかる。
2階のみ運転のAモードの場合は、室温は若干1階の方が高く(約1℃)、相対湿度はほぼ等しくなっている。絶対湿度は、室温差に相当する分だけ(約1g/ ㎥)1階が多くなっている。1、2階が吹き抜けで通じているものの強制的な循環を行っているわけではないので、2階のエアコンによる除湿効果が1階に行き渡るのに若干の時間を要したと考えられる。
1階のみ運転のBモードの場合に1、2階で大きな温度差が生じることはすでに示したが、相対湿度の挙動は1、2階で大きく異なり、1階では 50%程度で安定しているのに対し、2階では時間経過とともに 60%以上から 40%近くにまで大きく低下している。このような温湿度状況を反映し、絶対湿度も、1階では 10g/ ㎥でほぼ安定しているが、2階では 15g/ ㎥を超える水準から 10g/ ㎥近くにまで低下している。このような違いは、1階エアコンによって作られる冷気は重いので、2階にまでその効果が及びにくいためである。それでも、明け方には絶対湿度の差が1g/ ㎥程度にまで接近していることから、温度差の解消にはつながらないが水蒸気圧の均一化が進んでいたことがわかる。したがって、1階のみ運転でも、長時間の連続運転をすれば、水蒸気圧(絶対湿度、水分量)を均質にすることができそうである。
内外の絶対湿度差と換気回数(0.5 回と設定)から、除湿量を推計した。その結果を図8に示す。これによると、2台同時に動いた場合には1台当たり 1200g/h、単独で動いた場合には 1800 ~ 2000g/h 程度の除湿量であり、単独の方が 50%あまり除湿量が多くなっている。合計除湿量は2台同時運転のCモードがもっとも多いが、Aモードより 20%、Bモードより 33%程度の増加にとどまり、1台運転の除湿効果が高いことがわかる。
3.5 暖房時測定結果
⑴温熱環境
各種温度と電力消費量の経時変化を図9に示す。
1日目(1月8日)は外気温の最低が約 10℃で暖かかったが、2、3日目は最低気温が3℃以下に下がり、両日ともほぼ同様の温度変化を示している。
室温は、Bモード(1階のみ運転)とCモード(2台運転)では、定常に達した後は概ね一定の温度で推移している。一方、Aモード(2階のみ運転)では外気温に追随し、明け方に向かって大きく低下(低下幅約5℃)している。このような違いは、1階エアコン(三菱製)と2階エアコン(東芝製)で、設定温度に対する運転動作が異なるためと考えられる。
1階の 0.05 m気温(オレンジ線)が、時折5℃近く低下しているのは、玄関扉の開閉による冷気の侵入によるものである。
エアコン吹出し口とパネル表面温度は、欠測が多いが、1階エアコンでは吹出し温 40 ~ 50℃、パネル表面温35 ~ 40℃、2階エアコンの場合は吹出し温が 30℃弱となっている。
電力消費量は、Aモードが極めて少なく、室温はこれを反映している。図9より、Bモード(1F)とAモード(2F)ではスタート時点で室温はおおむね設定温度(22℃)に達していたが、Cモード(1F+2F)では立上がり負荷が生じている。そこで、条件を等しくするため、0時から 12 時までの後半 12 時間平均で比較することとした。図 10 に、1階リビングと2階ホールの各部温度平均を示す。
Bモード(1階のみ)の場合の1階温度は、0.05 m気温と 1.1 m気温で 1.5℃の差が生じているが、0.05 m気温と床表面温はともに 22℃以上であり、足元の冷感はない。2階は、1階エアコンの暖気の上昇により、24℃前後で温度差も少なく均一な温度分布となっている。
Cモードは2階エアコンが作動していない(設定温度22℃以上になっているので動かない)ため実質Bモードであるが、1、2階でほとんど温度差はなく、均一な温度性状となっている。全体の温度レベルがBモードより約1℃低いのは、外気温が低いためである。
一方で、Aモード(2階のみ)の場合には、2階で暖房してもその暖気が1階にまで及ばないため1階と2階で2℃近い温度差が生じている。
以上より、1階のエアコン1台で1、2階のメインルームの暖房が行えることが示された。周辺の付室(測定ポイント 12、13、22、23)でも温度低下は 2℃以内である。メインルームが 22℃あれば 20℃以上が確保され、全館空調といえる環境が実現できる。
図 10 でもわかるとおり、2階において黒球温度が室温を 0.1~ 0.2℃上回っている。通常のエアコン(対流式)暖房で黒球温度が室温より高くなることはないので、輻射パネル併用による輻射環境の改善効果である。1階の黒球温度が室温より低いのは、床面温の低さが輻射効果を相殺したと考えられる。
⑵電力消費量
図 11 は、室温・外気温・電力消費量をモード別に後半の 12 時間平均で示した。Cモードは2台運転であるが、2階エアコンの作動は立上り(14 時)から 18 時までであり、それ以降は1階エアコンのみである。
電力消費を青△印で示しているが、Aモードの2階のみ運転では、室温が十分に上がっていないこともあって電力消費は極めて少ない。
Cモード(469Wh)はBモード(262Wh)の約 80% 増である。いずれも、1階エアコンのみの電力消費量であり、この違いは外気温の約7℃の違い(Cモード;11.5℃、Bモード;4.7℃)によるものと考えられる。そこで、室温と外気温の差(内外温度差)を求め、その温度差1℃当りの電力消費を赤☐印で示した。B、Cモードともに 25Wh/℃で概ね一致し、これが室温を1℃上げるのに必要な電力であることを示している。
以上より、1階と2階の同時運転は、立上りを早める効果はあるが、設定温度に達してしまうと2階が作動することはなく、1階のみで適切な環境が維持されることがわかる。
3.6 エアコンによる全館空調の可能性
冷房時は2階のエアコン1台で、暖房時は1階のエアコン1台でほぼ全館が空調できることを示した。新築のモデルハウスによる検証であったが、この結果はリフォームにも適用できると考えられる。ただし、空間とエアコンのシステム構成に一定の条件が必要である。
空間構成については、1階の暖気、2階の冷気が効果的に全館に及ぶように、1、2階の空間の連続性が求められる。今回の検証現場には吹き抜けがあり、これが空気の流通を促進している。同様の意味において、個室内のエアコンでは効果は薄く、できるだけ開放的な空間とそこに設置されたエアコンの利用が望ましい。したがって、リフォームでの対応では、改修に併せて構造強度を維持しながら間仕切りを除去する、1、2階の空間連続性を拡張するなどの対応が求められる。もちろん、断熱強化も不可欠な要件である。
また、エアコンについては、空間が広がることに対応した適切な暖冷房能力の選択が必要である。しかし、本稿で取り上げた輻射パネルを併用すると熱効率が向上し、通常の能力を1ランク下げることが可能となる。この熱効率の向上は、同時に大幅な電力量の削減をもたらす。今回の検証では、輻射パネルを併用しないエアコン単独の場合との違いを示せなかったが、パネル併用で暖房時4割、冷房時2割の電力量削減が可能とのデータもある。この詳細は別の機会に譲るが、輻射パネルの活用によるリフォーム対応の省エネ性への有用性を併せて示しておきたい。
今回は、冷暖房の連続運転で検証したが、輻射パネルはどちらかというと遅効性の熱源である。もちろん、パネルの直前に立てば輻射効果を実感できるが、ゆっくりと空間全体を加熱冷却するものであり、連続的な使用が望ましい。さらに、輻射熱は光と同じ電磁波で直線性があるため、仕切り等のない空間が望ましい。開放的な空間は、輻射熱の有効利用にも役立つ。
4.まとめ
山梨県甲府市のモデルハウスにおいて、エアコン1台による全館空調の可能性を検証した。
冷房時、暖房時ともに、1、2階の2台同時運転によって全館で均一な熱・湿気環境が形成できることを示したが、冷房時には2階のエアコンのみ、暖房時には1階のエアコンのみによる単独運転でも十分な環境形成が可能であるとともに、2台運転と比べて大幅な電力削減となることが確認できた。これによって、適切な空間構成とすることにより、1台のエアコンで簡便に全館空調が実現できることが明らかになった。さらに輻射パネル併用によるリフォーム対応の全館空調化に向けて新たな可能性が示されたと考える。